
インタビュー
2025.03.18
石川「すし処 めくみ」山口尚亨さんが、
地元生産者とともに考える故郷の未来
2002年に石川・野々市で開業以来、屈指の予約困難店として知られる「すし処 めくみ」。店主・山口尚亨さんの、魚の神経締めなどへの科学的知見には定評があります。このたび、料理人と企業をつなぐウェブプラットフォーム「TasteLink(テイストリンク)」に加わっていただくにあたり、能登の海産物をこれからも使い続けていくための行動や、「Taste for Kids~食と未来プロジェクト~」が始動するきっかけとなった、独り立ちする若者たちに夢を与える取り組みについて語っていただきました。

魚に神経締めをほどこす前に必ず行うべきこと
戸門:山口さんといえば、なぜ人はおいしさを感じるのかについて、科学的な見地から語られる専門知識の深さに定評があります。かつては、世界のトップシェフ相手に魚の神経締めを披露されたこともありましたね。
山口:2011年に石川・能登で行われたイベントですね(「COOK IT RAW in ISHIKAWA」)。世界のトップシェフを招いて神経締めを披露しました。当時もスペインのシェフなど築地に行ったこともあるシェフがいたりしたんですけど、具体的な方法や効果はまだそれほど知られてなくて、シェフたちは神経締めを見てびっくりしてましたね。魚が死ぬ前に暴れないのはなぜなんだと。それらを科学的な見解から説明できる人はその時誰もいなかったんで、締めて何時間後にアミノ酸がどう変化してどういう風になるから神経締めが必要なんだみたいな話をしました。
動物を殺す時は、基本的にジビエも魚も全部一緒なんです。彼らが苦しんで暴れるときにアドレナリンや乳酸が出て味が落ちるから、いかに苦しめないかが大事なんです。また、その順序も大事で、神経締めをやる前にまず血抜きを行う必要があります。なぜ神経締めより血抜きが先かというと、静脈に入ってる血管の血を抜くには、心臓の力で抜かないと、静脈血管が破れちゃうからなんですよ。でも今は「まず神経締めありき」で血を抜く前に神経締めをしてしまう人もいるようで、なぜそうするかの正しい知識を広めていくのも大事なことだと思っています。

生産者が残れなければ自分たちも残れないという「危機感」
戸門:大将がそのような科学的知見から話ができるのは、これまでどのような経緯があったのでしょうか。
山口:僕、基本的にすべての考え方はうまいものを作るというところが大前提なんですよ。おいしいものを作ってお客様が喜んだ“おまけ”としてお金が入ってくる、というスタンスです。
僕らは漁師さんたち生産者と一緒にワンチームで一次産業に携わっています。自然界に最初に触れる業種が残らなかったら、僕ら料理屋のビジネスは成り立ちません。彼らが漁師という仕事を長く続けるためにどうするかとなった時に、漁師が料理屋に魚を売る時に、神経締めや血抜きといった技術的なことプラス、脂や香りなど、魚が持つ個体ごとの特徴を数値化して売れるような形を考えていきたいと思っています。組んだ人全員がウィンウィンになるようにということはいつも考えていて、彼らが困っていたら、それを一緒に解決していこうというのが僕の基本的な考え方です。
戸門:今は、海洋資源がどんどん減っていると言われていますよね。そのあたりは日々どのように感じていますか? また、そのために活動されていることなどありますか。
山口:僕の感覚としても、天然の魚はどんどん減っていると感じます。いまつきあいのある漁師さんたちには、これからは養殖もやって行った方がいいと薦めています。彼らと養殖と天然のそれぞれの良さを話し合いながら、一緒に養殖場を見に行ったこともあります。
僕、職人になってもう30年になるんです。いまその後半戦にきて、今後の人生どっちの方向に行こうかというときに、自分のこれまで培ってきた経験を生かす何かができないだろうかと思ったんです。
これから魚がなくなってくるといわれている時代、地方にあっていろいろな人を呼ぶためのお寿司とはどういうものなのかを考える時間を取りたいと思っています。たとえば郷土の人々が作る山菜のお寿司や、粕漬けやぬか漬けを、初心に返ってもう一度食べると、以前はわからなかったことが見えるんです。これまでいろんなことを経験したし知識も積み重なっていますので、昔なら3箇所しか気づかなかったことが、今は15箇所も20箇所も見えるんですよ。
自分のお店を立ち上げて20何年になって、たとえば新たに店を作るかというと、最初の立ち上げはものすごくパワーがいるので、それは若い子に任せようと。その間にもう一度、自分を根っこから磨き直したい。たとえば山や川の匂いを嗅いだり、川の水に手を突っ込んだり、もっと自然を体験して、想像を膨らませたところで料理を作っていきたい。僕らは自然のものを相手にしているので、自然のものがイメージできるような何かが自分の中から出てくるのが理想です。そこから料理における自分らしさも生まれてくる。自分の料理観を育ててくれるのは、生まれ育った場所の風土や自然なんです。

戸門:今、企業やサービス、ブランドなどと組んでやってみたいお仕事はありますか?
山口:自分が培ってきたスキルでだれかを助けられるようなものとなると、今やっている、立ち食い寿司や魚のプロデュースのようなものですかね。お米のプロデュースもそうです。どうやったらみんながそろって売れて続けていけるかってことですね。一発売れるのも大事ですけど、いろんなジャンルの仲間を巻き込んで長く続けていけるのが理想ですね。
戸門:食材や調味料、調理器具など、オープン時からずっと使い続けているような、これは絶対なくてはならないというものはありますか?
山口:昔から使い続けているのは鉄の羽釜ですね。昔ながらのお米の対流の中で鮨飯を炊くんですけど、磁器や陶器でない、鉄の羽釜の良さを感じます。一番難しいのはお米ですね。いつも同じお米を使っているのに、毎日同じようには炊き上がらないんですよね。ここにものすごい難しさがある。だけどこれを克服するのが職人の仕事だと僕は思っています。昨日のお米と今日のお米がどう違うか、この1ミリとか0.5ミリの違いを説明できるからこその職人だと。
戸門:調味料とか調理器具などで、企業などと組んでみたら面白そうな、興味のある分野はありますか?
山口:お米ですね。鮨飯用のお米を手に入れるのは簡単ではなくて、それは一般的にお米が鮨飯とか、白ご飯用とかの用途ごとに作られていないからというのが理由のひとつですね。お米の用途は普通の白ご飯だけではなく、米に含まれるでんぷんの量によって、その米がお寿司向きなのか、白米向きなのか、カレーライス向きなのかが変わってきます。農家さんの協力が必要なので簡単ではないですが、鮨飯用にお米を作ってもらえるならば、何倍も高く買います。僕ら細部までこだわる料理人としては、価格がたとえ高くなっても僕らが望む成分の米を作ってほしいし、その方が農家さんも助かると思うんです。
戸門:日ごろ愛用していらっしゃる、お気に入りの商品はありますか?
山口:僕のお気に入りは、寝るとき用の靴下「まるでこたつ おやすみスイッチ」(岡本株式会社)です。冬場、僕はものすごく足が冷えるので、これを履いて寝ると足が温まりますし、足がつらなくなって大変重宝しています。冷え性の女性のお客様におすすめしたり、プレゼントしたりします。皆さん喜んでくださいますね。

高校生を前に大人の「本気の仕事」を見せる
戸門:いま、石川県内の養護施設などで鮨を握っておられると聞きました。これはどのような意図でなさっているのでしょうか?
山口:金沢の施設に入所している高校卒業前の子をうちの店に招いています。単純に鮨を食べてほしいというのもあるけれども、地元の本当においしい魚を知ってほしいし、何よりも、大人が本気で仕事をしている姿を見てほしいんです。感受性の高い少年期にこのような機会を持つことで何か感じ取ってほしいと思うし、カウンターのマナーも知ってほしい。
お支払いの代わりに、将来何をやりたいか彼らに必ず聞くんですが、それが楽しいんですよ。ああいう子たちは、福祉施設の施設長になりたいとか、料理関係の店をやってそういう人たちを雇いたいとか言うんですよね。そういうのを聞かせてもらうと、自分が初心に還れるような気がするんですよ。僕自身の心が洗われて、感受性の高かった若いころに戻れるような気がします。だから結局これは自分のためにやっているというか、原点に帰るという感覚がありますね。
戸門:今は料理人の方が減って人手不足と言われる時代、料理人になりたい人のきっかけ作りにもなりますね。
山口:本当にそうなんです。お客さんには自慢なんかしないですけど、子供たちには「こんな地方にあっても世界中からお客さんも来れるようなものになれるんだよ。芸能人も来るし……」って、めいっぱい自慢するんです。君たちには無限の可能性があるということをこの体験を通して知ってほしいし、大人になる前に、美味しい店に行く最初の一歩を、トップレストランでぜひ体験してほしい。トップに立つ店は子どもや若者から憧れられる存在であるべきだと思うんです。だからそういう店に立つ人たちは、みんなからリスペクトされるような振る舞いをやってほしい。具体的なお手本があれば、飲食業をこころざす人も増えると思うし、自然に飲食業の裾野は広がっていくと思うんです。
Text by 星野うずら

すし処 めくみ
山口 尚亨
Takayoshi Yamaguchi
石川県出身、「すし処 めくみ」店主。銀座の老舗で修業後、2002年に野々市市で開業。ミシュラン二ツ星を獲得し、第3回料理マスターズブロンズ賞も受賞。伝統の技術を基盤にしながらも、他ジャンルのシェフやソムリエとの交流を通じて常に進化。季節ごとの最良の食材を提供し、訪れるたびに新たな感動を生む寿司を追求し続けている。