インタビュー

2025.04.04

表参道「エンメ」延命寺美也さんが考える、子育てと菓子作りのバランス

ソムリエの夫・延命寺信一さんとともにワインとアシェットデセール(皿盛りデザート)の店「エンメ」を切り盛りする延命寺美也さん。2023年にはレストランガイド「ゴ・エ・ミヨ」でベストパティシエ賞を受賞しています。このたび、料理人と企業をつなぐウェブプラットフォーム「TasteLink(テイストリンク)」に加わっていただくにあたり、延命寺さんとアートの世界との意外な縁や、子育てをしながら店を運営するからこそ見えたことについて語っていただきました。

アートの世界とデセールとの意外な「縁」

戸門:レストランと企業が連携する際に、どのような分野に興味がありますか?

延命寺:「アートウィーク東京」というイベントで、食事を出させていただいたことがありまして。建築家が新たに作ったダイニングで、アーティストがドリンクを考案して私が食事を提供しました。自分とは異なる業種であるアーティストの方とのコラボレーションは、自分にとって初めての挑戦でした。

アーティストとのコラボといえば、実現できそうな具体的な話はありまして、実は私の叔父が書道家なんです。活躍は海外の方が多くて、パリの三つ星「レストランKEI」さんのところにも飾られているらしいです。2025年11月に、その叔父がベルサイユで個展をやるので、叔父とコラボできたらいいなと思っています。

先日、10何年ぶりにフランスに行って、とても好きな国だなと改めて思いました。事業として結実するかは別として、今後は毎年フランスに行きたいと思っています。エンメのパリ支店ではないですが、たとえば新たに店舗を作るとなると、パリはそもそも建物を変えられないですし、予算も必要です。でもパリではなく地方ならとか、何かしら可能性はあると思うので、そういうのも、自分の今後のビジョンのひとつとして温めています。

子供に安心して食べさせられるものを使いたい

戸門:アート以外の異業種の方で、コラボしてみたいジャンルはありますか?

延命寺:例えば、自然に関する事業をやっている方とコラボして自然をイメージした食事を提供するとか、ブランドのイメージに寄り添って何かをするとか、そういうのも、自分のためにもなるし、面白いのかなと思っています。ブランドのイメージに合わせて、エンメというブランドも表現できますし。

戸門:異業種の方々と仕事をするとき、名前を出す場合と出さない場合がありますよね。闇雲に出すと自分のブランドを毀損する可能性もあります。そのあたりはどのように考えていますか?

延命寺:うちも名前を出しているお仕事とそうでないお仕事があります。自分の監修で、納得できる商品が出せる場合は名前を出していますが、環境上の制約でどうしても既製品を使わなければいけないとか、仕込みができないというような仕事は、名前は出さないようにしています。ただそうなると、自分自身のモチベーションが保てなくて難しいところではありますね。

戸門:食材や調味料など、これは絶対なくてはならないというものはありますか?

延命寺:最近食材で思うのが、自分の子供に安心して食べさせられるものを使いたいと思うところから、営業用に使う食材でもできる限り農薬を減らしていたり、ホルモン剤や抗生物質を使ってないものを使うようにしています。現実としては、流通の規定で必要な農薬もあるとか、ホルモン剤を与えないと綺麗な網目のメロンができないというような事情もあるんですよね。でも今はできるだけ、形が悪くても美味しくて安全な食材を使いたいというのが最近のテーマになっています。

戸門:家庭料理のクオリティを向上させるために、加工食品などを作る食品メーカーに期待したいことや、こんなことできたらいいんじゃないかと思う点はありますか。

延命寺:私の周りの同世代は、男女ともみんな当たり前に働いて子育てをしています。一方で、変なものが入ってないか裏の表示を見るとか、この野菜は本当に大丈夫なのかなとか不安に思う心理があります。そういう時でも、加工食品に頼らなければいけない時は必ずあるので、親が安心して子どもに与えられる食品の開発などがあったら、ぜひやりたいと思います。

戸門:安心できる食材を使うとなると、どうしても価格の問題が出てきます。個人の消費分ならともかく、ビジネスとして大量に用いる場合はその点が難しいですよね。

延命寺:冷凍も解決策のひとつだと思います。フランスのピカールみたいな冷凍食品専門店ができるくらいに、最近の冷凍技術はものすごく上がりました。先日、長野を訪れた際に、農薬を抑えて栽培したブドウを瞬間冷凍したのを頂いたのですが、とても美味しかったんです。冷凍のブドウをそのままアイス代わりに食べる。余計なものを加えていないので、食品のことを気にされる方などに喜ばれそうな気がします。

仕事と子育ての両立を通して見えたもの

戸門:レストランと家庭、それぞれの「おいしい」の違いをどのように考えていますか? また、子供たちが食に興味を持つにはどうしたらいいと思いますか。

延命寺:うちの実家は、食に関してはけっこう特殊でした。両親が食べることにとても執着がある人たちで、父や姉は狩猟もやります。だから私も子供のころから狩猟に同行して、親たちが仕留めた鴨や雉の羽をまだ体が温かいうちにむしるとか、釣ってきた魚は船上でさばくとか、一般の人があまりしない経験を子供の頃からしていました。一方で両親は、狩猟や漁で動物や魚を捕りながら、命に感謝するようにといつも教えてくれました。だから、食育という点では親にとても感謝していますね。

ひるがえって、いま私が自分の子に対してどうかとなると、私は自分が食事を提供する仕事をしているのに、子供に食の豊かさを十分に伝えられてないのがすごく課題なんです。実家に帰った時は海や山に子供を連れていってもらうんですけど、それも年に換算するとそれほど多くない。食べ物に感謝する環境をもう少し作りたいというのは課題です。

戸門:料理人を目指す人がいまは減っているように思われます。料理人やパティシエを志望する人はどうすれば増えると思いますか?

延命寺:自分も若い頃この業界を目指して辛い思いをしましたが、今残れているのは、当時のシェフや上司が厳しく温かく育ててくれたおかげです。

パティシエは、1日8時間労働で終わるのは難しい職業です。でも私も、今はしっかり睡眠を取るようにしていて、それでも仕事はやれています。催事に出るときなどは子どもの前で喧嘩することもありますが、そんなことはどの家庭にもあると思いますし、やればできたりするんです。だからそういう具体的な事例を発信して、希望の持てる業界にしたいとは思っています。

戸門:エンメさんは女性のスタッフが多いですよね。ご自身やスタッフが産休や育休を取得されたことで、働き方の多様性という点において、気づかれたことはありましたか?

延命寺:スタッフが出産したという出来事は、私にとってとても大きい意味を持つものでした。私も自分が無理する分にはできますけど、それをスタッフに強いるとなると難しい。でも、そのスタッフは、自宅で表示シールを作るとか、メールを返すとか、それこそマネージャーみたいな役割を引き受けてくれました。

自分のお店をオープンしてわかったことですが、必ずしもお店にいなくても出来る仕事や働き方はあります。だから今だったら、若い子には「今は頑張る時期だよ」とアドバイスできるし、体調を崩したり、子供ができたりした人には、働き方の提案もできると思います。なので、コンサルタントのようなこともできたらいいなと思います。

エンメという会社、企業として見れば、スタッフに育休を与えるのはすごく大変なことですけど、それによって見えない部分が見えたりとか、手が届かなったところに手が逆に届いたりしたので、自分やスタッフが子を持つことによって、企業として成長できるという側面もあると思っています。

Text by 星野うずら

延命寺 美也のプロフィール画像

ワインバー・EMME(エンメ)

延命寺 美也

Miya Enmeiji

延命寺美也シェフは京都出身のパティシエで、フランスや国内の名店で修行後、都内の有名店でシェフパティシエを歴任。2019年、アシェットデセールとワインの店【EMME】を開業。素材や香り、客の好みに応じて調整する柔軟なレシピが特徴で高く評価される。2023年には『ゴ・エ・ミヨ』でベストパティシエに選出。伊勢丹や三越の催事出展、NHK「美の壺」出演、ホテル監修などメディアやイベントでも幅広く活躍している。

詳しいプロフィールはこちら