
インタビュー
2025.04.22
「100回生まれ変わっても料理人」
「シノワ」篠原裕幸さんの中国料理への情熱
2015年、新しい価値観の料理人(クリエイター)を見出すコンテスト「RED-U35」でグランプリを獲得した篠原裕幸さん。2019年開業の「ShinoiS(シノワ)」は1年足らずで一つ星を獲得、調味料を使わず仕上げた干し鮑のひと皿など、食材のおいしさを引き出す技術力には定評があります。このたび、料理人と企業をつなぐウェブプラットフォーム「TasteLink(テイストリンク)」に加わっていただくにあたり、料理を通してゲストに向き合うことに全力を傾ける篠原さんの、日々の中国料理への向き合い方やお気に入りの食材について語っていただきました。

なぜかわからないけど欠かせない湯浅醤油の「白醤油」
戸門:調味料とか調理技術などで、企業などと組んでみたら面白そうな、興味のある分野はありますか?
篠原:冷凍系の技術にとても興味があります。2024年に「関西食文化研究会」というイベントで見た「氷温」という技術が興味深かった。ただの氷漬けではないらしいんです。食材はなるべく長く良い状態で置いておきたいし、できれば冷凍したくない。食材を長持ちさせるとか保管の技術や方法はこういう仕事だとずっと課題なので、「氷温」に限らず、冷凍せずともいい状態で保てる技術やオペレーションがあればいいなと。
戸門:昔からずっと欠かさずに使っている調理器材や調味料はありますか?
篠原:湯浅醤油の白醤油は欠かせないですね。他社さんからも出ていますがこれですね。なぜこれが良いのかかわからなくて、湯浅醤油の社長さんに製法を聞いたことがあるんですよ。そうすると、白醤油の作り方って非公開なのだそうで。日本には美味しい調味料がたくさんあるので、これじゃなきゃダメというのはあまりないですが、これだけは別ですね。料理に色がつかないのが良いし、旨味と味わい、塩味のバランス、香りもいい。
戸門:中国料理の食材でいうと、中国と日本で比べると、どちらが良いとかありますか?
篠原:鶏は脂の質とかの点で中国の方が美味しいですが、それ以外では日本の方が良いですね。沖縄のアグー豚とかよく使っています。乾貨だと干しアワビとフカヒレだけは決めているものがあるんですが、生鮮食品に関してはそこまでないかな。日本は、調味料も肉も野菜も美味しいものがたくさんありすぎるほどある国ですよね。僕は、食材半分調味半分くらいで料理しているので、食材へのこだわりはそれほど強くなくて、「これじゃなきゃ絶対だめ」みたいなのは正直あまりない。どれも美味しいから。

コンビニカップ麺を一通り食べてみる理由
戸門:篠原さん、コンビニの食品やお惣菜もいろいろ試されていると聞いています。その目的は何ですか? シェフの中には、コンビニの食品は一切食べないという方もいらっしゃいますよね。
篠原:僕の場合、自分の味覚の幅を広げるためです。新商品で、かつ味の想像がつかないものを選んでいます。インプットのため市場調査的に新商品を買う感じで、味覚のトレーニングに近いです。カップ麺の美味しさと、僕が店で作るラーメンの美味しさ、どちらの美味しさも知っておくのが大事だと思っています。
戸門:最近、カップ麺で美味しいと思った商品はありますか?
篠原:日清カップヌードルから冬限定で出ていた白味噌味と担々麺ですね。セミドライみたいにしているチンゲン菜がシャキシャキしていて、スープも美味しかったですね。最近のカップ麺は飯田商店さんとか、有名店とのコラボものは一通り食べています。どれもエッジが立っていて、精度も上がってますね。どうやって作るのかにとても興味があります。
戸門:仮に篠原さんがカップ麺を作るとき、コースの〆の麺をカップ麺にするイメージなのか、ゼロベースでカップ麺を作りたいか、どちらに近いですか?
篠原:ゼロベースで、麺やスープを1から作りたいですね。あの味がどうやって生まれるのか知りたい。ただ、自分の名前は出さずにやりたいですね。それって企業さんから需要あるのかわからないですけど。
戸門:家庭料理の質を向上させるために、加工食品やスーパーの総菜について、篠原さんの視点から見て、もっとこうなっていくとよりいいんじゃないかということはありますか?
篠原:中国料理系の食品で言うと、エビや豚の周りの粉を少なくした方が良いように思います。冷凍食品の酢豚の肉とか、粉が多いと美味しさがぼやける気がしますね。粉を多くするのはタレを絡みやすくするとか、かさ増しとかの意味もあると思うんですけど。

戸門:お仕事の時の靴には何かこだわりはありますか?
篠原:今のところはオンのこのシリーズです。3、4年くらいになりますね。靴はこれまで、クロックス、フォックシューズ、ニューバランスなどいろいろ試しました。オンはスイス生まれの高機能ランニングシューズのブランドで、歩きやすくて滑りにくい、あと紐を縛らなくていい。靴を脱いだり履いたりの回数が多いので、靴紐がないのが助かります。あと防水加工なのも良いですね。スポンサードでサポートしてほしいくらいです。仕事時間が長いので半年で一足ぐらい履きつぶしていますね。
戸門:そのほかに、日々を支えるおすすめや愛用品があったら教えてください。
篠原:このハンドクリームはおすすめです。若い時は洗い物ばかりだったので、手荒れがひどいときに先輩に紹介されて使い始めました。これのおかげで仕事を続けることが出来ました。今でも冬場は付けることが多いです。
あとは歯ブラシ。仕事柄どうしても中国茶を大量に飲むので歯につく茶渋に困っていましたが この歯ブラシに変えてからは沈着の量が劇的に減りました。
戸門:“レストラン“と”家庭“での「おいしい」の違いを、どのように捉えていますか?
篠原:家庭料理の良さは、良い意味で味にムラがあるところですね。だから飽きないのだと思います。あとは基本的に味が薄めであるところ。自分の話をすると、うちの親が作る料理は、ものすごく味が薄かったんですよ。子供の頃は濃い味に惹きつけられるもので、外で食べると味が濃くて美味しいなっていつも思っていたんですけど、味の薄い環境で育ったからこそ自分の味覚が育ったという側面はあるんですよね。

100回生まれ変わっても料理人をやりたい
戸門:いま、料理人を志望する人が減っているといわれていて、もっと志望者を増やすには、子どものうちに飲食に興味をもってもらうなどの対策が必要かと思うのですが、このあたりはどう考えますか?
篠原:料理人は、人間の生存そのものには必ずしも直結しない職業です。だからいなくてもいいというと大げさですが、僕たちは社会に一定の豊かさがあってこそ必要になる職業ですよね。だから、「料理人が一人でも多くならないと社会が不安定になる」というものでもないわけです。
戸門:では、篠原さんがもし料理人になっていなかったら何になっていましたか?
篠原:前の言葉と矛盾するようですが、料理人ですね。理由は料理が本当に好きだから。100回生まれ変わっても僕は料理人をやりたい。料理人以外の仕事をしたいって思ったこと、本当に1ミリもないんですよ。大変だけど楽しくて、とてもやりがいのある仕事です。終わりがないから常に飽きない。
戸門:いま、今後に向けてやりたいことはありますか?
篠原:中国の料理を勉強したい。もっと深掘りして極めたいなと思います。あと、この仕事をしているからには、やはり中国人に認められたいというのもあって、それは夢みたいなものですよね。ありがたいことに最近は中国でも僕の料理を評価してもらってアワードももらっているんですけど。
戸門:ではここを閉めてとか、姉妹店とか、中国でお店を出したいというような夢はありますか?
篠原:料理のことだけ考えていれば良いのであれば、もちろんやりたいです。だけど現実はそうはいかない。中国で実際に働いていたときに思ったのは、中国人のオーナーと仕事をするのは本当に大変だということ。あと、中国の人たち向けに料理をアジャストしないといけない。日本で僕の料理が中国人に評価されてるとするならば、それは日本で食べているからであって、これを現地に持っていっても評価されないと思うんですよね。やっぱりこの場所で日々料理をするのが、最も幸せなのかもしれないです。
Text by 星野うずら

中華料理・ShinoiS (シノワ)
篠原 裕幸
Hiroyuki Shinohara
埼玉出身、「ShinoiS」を主宰。香港や日本での修業を通じて得た経験を活かし、伝統の香りと革新を融合させた中華料理を提供。中国地方料理を超えた新しい解釈を試み、広東料理と四川料理の融合を追求。国内外での経験が光る料理スタイルが特徴で、多くの客を魅了している。